GreenClover8’s blog〜誰かにわかってもらいたい〜

相続で味わった苦しみがつらすぎて。誰かにわかってもらいたいです。

冷血弟夫婦

またまた聞いて

弟とその嫁の話

弟夫婦は実家から沿線の違う離れたところで住んでいます。

父が元気な頃は、いずれ弟家族が実家で同居するということになっていて、父はその日を楽しみにしていました。

弟は、子供が高校に入れば、大学に入れば、と言いながら、その時がきてもその時はその時でうまく理由を考え、戻らないでいたのです。

父が病床に伏して、いよいよ最期が近づいている時には、枕元で、「離婚をしてでも帰るから」とその気もないのに、目も開かなくなった父に言ったのでした。耳だけはちゃんと聞こえていたようです。

 

その嫁について、少し聞いてください。

嫁は、父がICUに入って、命が危ないと言ってる時でも、見舞いにすら来ないで。テニスに行っていました。

ICUの待合で親戚が集まってたのですが、馬鹿な冷血弟が、T子はテニスに行って足をくじいたので来れないと言ったのです。

弟にとっては、自分の大切な父親が意識もなくなって、いつ何時かと言う時に。

テニスに行ける嫁の人間性も信じがたい冷血だけど、弟はどんな気持ちでそんなことを親戚に言ったのでしょうか?。

その場に来ないことを正当化したかっただけ。

父がもう息を引き取るかわからないのに、嫁に、テニスなんかに行ってる場合じゃない。少しでも傍にいてあげて。どうにか見舞いに来て、と言えない弟。

私は考えられない。

この夫婦はおかしすぎる。

父は面倒見がよく、勝手をして嘘つきのずっと戻らない弟夫婦と、その子供(孫3人)に、度々預金をしてあげたり、家を買う時に資金を出したり、車を買ってあげたり。

あの身勝手な嘘つき家族のために、至れり尽くせりしていたこと。私はよく知ってる。

父はそうすることで、弟家族が実家に戻って一緒に暮らしてもらえると信じていたから。

それなのに……

弟夫婦を信じ、一心に愛情をかけてきた父親の苦しい時に。

そんな時こそ、傍にいてあげて欲しかったのに。

嫁は、自分の子供も、父によくしてもらったという気持ちはなかったのか?。

そういえば、父の葬儀には、嫁の両親はお参りにも来ずでした。

ひどすぎる。

 

どうして?。少しでも父を大事に思ってもらえなかったのか…。

何も知らずに逝ってしまった父がかわいそうでたまらないのです。

案の定、父が亡くなってから、今も、実家で母が一人暮らしをしているものの、弟夫婦は帰ることがないまま。

今度は母が弟を信じています。

弟は母親に、もうすでに、たくさん騙して悪事を働いてるのに。

(あ、嫁は、結婚してから、実家に行くことなど滅多になかった。

相続だけが目当てで結婚したんだと思う)

弟は、しきりに実家に帰っては、単身赴任だという言い方をしては、母のお金の管理をしています。

実家に寝泊まりして、その他は自分の家で過ごす。

弟は週の半々をそうして暮らしている。

実家から家に戻る時は、母のお土産付きです。

弟のきれいに洗った洗濯物、食材やお米や洗剤や。商品券まで……。

それでも嫁は知らんぷりです。

そして、私は、「嫁に行ったものは実家に帰るな」「何をしにきたのか?」と言われ、家に入れてもらえません

家のリビングや応接室には、カメラが置かれて記録されています。

母の携帯と家電は弟が常にチェックします。

母に私を近づけないように、徹底的にチェックをしています。

私はどうしてこんな目に合わないといけない?。

 

最近、母の生命保険の受け取りは、全て弟に変更をしました……。

もう全て弟のものです。

母は弟にうまく言われて信じ込まされました。

何でも、生命保険の受け取りの全ては弟名義にしておいて、受け取ってから兄弟で分けると説明したようです。

またです。

父の時と同じ。

母に腹が立ちます。

信じすぎ。

もっと自分で考えて。無知ではすみません!

生命保険受け取りは、その受け取り名義の人の固有の財産となるわけで、母がいなくなったら、弟は自分の名義で自分の財産だと言い張るに違いない。

母はどうして、そんな弟の言動の思うままにさせているの?。

 

 

こんな年齢になっても悲しくてたまりません。

ちなみに、父親の7回忌は、私は呼ばれませんでした。いつするとも知らされませんでした。

ひどすぎる……。

相続の落とし穴――知らぬ間に奪われた権利

相続と「権限代理書」に潜む危険

 

父が亡くなったのは3月。しかし、弟から相続の話が出たのは半年後の9月でした。それまでの間、何の説明もなく、私はただ待たされていました。

 

9月になり、弟は高齢の公認会計士H氏を連れてきて、初めて遺産についての説明がありました。H氏は以前から顔見知りだったため、話は自然に進みましたが、よく考えると、この会計士を選んだのは弟の一存であり、他の相続人には相談すらありませんでした。

 

渡された遺産一覧を見ると、明らかに不自然な金額が含まれており、H氏の発言も威圧的でした。たとえば、母が「こんなに残してくれていたんやね」と言い、私が「お母さんがこれから好きなように使って、笑って暮らせるようにしたらいいよ」と話したとき、H氏は強い口調で「そんなに使ったらあかん、残さんとあかん」と言いました。その言い方に違和感を覚え、私はこの会計士がただのアドバイザーではなく、何か裏で動いているのではないかと直感しました。

 

実際、その後H氏と会ったのは2度だけでしたが、弟は何度も打ち合わせを重ねていたようです。今になって思えば、弟とH氏は半年間、水面下で自分たちに有利なように準備を進めていたのです。

 

H氏は、私に対して「あなたは闘いの相手だ」とはっきり言いました。なぜ相続で「闘う」という言葉が出てくるのか。私はただ父の遺産が公平に分配されることを望んでいただけなのに。

 

さらに衝撃だったのは、弟が私の知らない間に勝手に私の印鑑を作り、書類に押印し、それを税務署に提出していたことでした。母はその事実を知りながら、止めることもなく黙認していました。

 

この事実を知ったとき、私はあまりのショックで吐き気が止まらなくなりました。自分の権利を勝手に奪われ、しかも母はそれを見て見ぬふりをしていたのです。

 

こうして振り返るだけで、昨日のことのように思い出され、今でも涙が込み上げ、ひどい吐き気に襲われます。私は今も、この出来事に苦しみ続けています。

 

みなさんも**「権限代理書」**には十分注意してください。これは相続において、代理人に大きな権限を与える書類です。気づかぬうちに重要な決定権を他人に渡してしまう危険があるのです。手続きの進み具合を常に確認し、どのような書類が提出されているのかを把握することが大切です。どれほど信頼できる専門家であっても、すべてを任せきりにしないことが重要だと痛感しました。

 

 

忘れてはいけない相続の記憶

数年前に父を亡くしました。その時からの相続問題は、今も癒えることなく心に、大きな傷になっています。忘れたくない、忘れてはいけない出来事なので、ここに記録を残すことにしました。

とても悔しくて、悲しくて、つらいことばかりでした。あの人たちを許すことはできません。だからこそ、この出来事を覚えておきたいのです。

複雑すぎて、うまく文章にできない部分もあるかもしれません。時には箇条書きになることも、途中で書けなくなることもあるでしょう。それでも、小さなことまでしっかりと残せるように、時間をかけてでも続けていきたいと思います。

ごあいさつ★はじめまして

こんにちは、皆さん。私のブログにお越しいただき、ありがとうございます。
やっとブログを始めることができました。
ここでは、私が経験した相続問題、悪徳税理士との闘い、欲まみれの弟、そして、歪んだ母の愛情、調停についてお話ししたいと思います。

日々が過ぎるにつれて、記憶は薄れていくものですが、私はこの悔しさを忘れたくありません。生きる気力も失い未知の病に苦しみながらも、なんとかここまでたどり着きました。だからこそ、私の経験を記録として残し、同じような苦しみを抱える人々の力になれたらと思っています。

決して明るい話ではありませんが、その中にも何か感じ取っていただけることがあるかもしれません。ぜひ、時々除いてみてください。
文章を書くのは初めてで、うまくないです。けれど、とにかく書きたいという思いでいっぱいです。読みにくい点、お許しください。
続けられるように頑張りますので。よろしくお願いします。(piyo)